2016年7月15日金曜日

信仰心 どうにもならないものを解決する主

ちいろば先生「新約一日一章」より

ただ、お言葉をください。そうすれば僕(しもべ)はなおります。
(マタイ8章8節)

 7章の終わりに「群衆はその教えにひどく驚いた」とある。新約聖書の中では13回も出てくるそうだ。私たちの経験や学問・想像をはるかに超えた神とイエスの技に対して言われた言葉だ。イエス様の言葉には権威があった。権威が授けられていることが大事なことである。権威とは威張っていることではなく、「仕えていく」ということである。
 らい病人は「主よ、みこころでしたら、清めていただけるのですが」と言った。また、百人隊長は「ただ、お言葉をください、そうすれば僕(しもべ)はなおります」と言ったのは、あなたの言葉には神の権威があるのですから、ただお言葉をくださるだけでけっこうですということである。

 イエス様が求めておられるのは信仰であって、どこまで神を信じ、どこまで神の言葉にまともに生きていくかということである。まともさとは、忠実・真実ということである。信仰とは、神の言葉に対してまともに生きていくこと、まともにそれを信頼していくことである。

主よ
学びを感謝します。
イエス・キリストの御名によって、お祈りをお捧げ申し上げます。
アーメン

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