日曜礼拝 8月7日
米村牧師説教より
平和をつくるものは幸いです。
その人は神の子どもと呼ばれるからです。
(マタイ5章9節)
平和を《つくるもの》は幸いである、と言われたのである。平和を愛好するものとは書かれていない。《つくるもの》になるには、命を捧げることである。
戦地に赴いた日本兵、300万人もの戦争に捧げた人々がいた。そうでなければ、こんなに長い平和はこなかったのかもしれない。日本が戦後になぜこんなに早く復興が進んだのか考えてみると、戦地におもむき生きて帰ってきた人々はきっと、戦死した友を思い、彼らに恥じない国をつくろうと思って頑張った。
神に献身・捧げること、これがすなわち平和をつくること。
すべてを捨てて、従いまつらん。
神の御子にますイエス」 新聖歌397番(聖歌582番)
https://www.youtube.com/watch?v=57FvnVvHjv4
神の御子にます イェスのために
罪を敵として 立つは誰ぞ
すべてを捨てて 従いまつらん
わがすべてにます 王なる主イェスよ
富の楽しみと 地の位に
目もくれずイェスに つくは誰ぞ
すべてをすてて 従いまつらん
わがすべてにます 王なる主イェスよ
罪に捕らわれし 魂をば
イェスに連れ来る 勇士は誰ぞ
すべてを捨てて 従いまつらん
わがすべてにます 王なる主イェスよ
わが持てるものは 主よ汝がもの
きよき御戦(みいくさ)に 用い給え
すべてを捨てて 従いまつらん
わがすべてにます 王なる主イェスよ
アーメン
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